最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)793号 判決 2000年2月07日
上告人
亡甲野一郎訴訟承継人兼本人
甲野春子
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
三井明
環直彌
安原幸彦
石井小夜子
下林秀人
蒲田孝代
神山啓史
石川邦子
岡崎敬
高畑拓
中村誠
清水洋
安田耕治
斉藤博人
金竜介
同訴訟復代理人弁護士
佐々木惣一
被上告人
丁原四郎
同
丁原秋子
右両名訴訟代理人弁護士
時友公孝
主文
原判決中上告人らの敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人三井明、同環直彌、同安原幸彦、同石井小夜子、同下林秀人、同蒲田孝代、同神山啓史、同石川邦子、同岡崎敬、同高畑拓、同中村誠、同清水洋、同安田耕治、同斉藤博人、同金竜介の上告理由第二の第一点ないし第七点及び同三井明の上告理由について
一1 本件は、亡丁原花子(昭和四五年五月二九日生まれ・当時一五歳。以下「花子」という。)の両親である被上告人らが、いずれも当時少年であった者ら四名、すなわち、上告人(亡甲野一郎訴訟承継人)甲野A男(昭和四四年九月一八日生まれ・当時一五歳。以下「A男」という。)、乙山B男(昭和四六年六月一日生まれ・当時一四歳。以下「B男」という。)、丙川C男(昭和四六年三月二七日生まれ・当時一四歳。以下「C男」という。)及び丙川D男(C男の弟。昭和四七年三月二二日生まれ・当時一三歳。以下「D男」という。)が共謀の上、花子を強姦し、殺害したと主張し、右四名の少年らの親権者である亡甲野一郎(訴訟承継前の上告人)、上告人兼亡甲野一郎訴訟承継人甲野春子、上告人乙山二郎及び同丙川三郎に対し、監督義務者としての注意義務違反があったとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
2 本件訴訟において、被上告人らが、右少年ら四名の強姦、殺人行為として主張する請求原因事実は、次のとおりである。
(一) A男、B男、C男及びD男は、昭和六〇年七月一八日(以下、日付は、特に断りのない限り、すべて昭和六〇年である。)夜間、窃取した自動車二台に東E男(昭和四四年一〇月二二日生まれ・当時一五歳。以下「E男」という。)及び西F男(昭和四五年一二月二七日生まれ・当時一四歳。以下「F男」という。以下、A男、B男、C男、D男、E男及びF男の全部又は一部を「少年ら」ともいう。)と分乗し、埼玉県八潮市内を乗り回していたところ、たまたま同市内を一人で歩いていた花子を発見し、無理矢理自動車に乗せた。A男、B男、C男及びD男は、翌一九日午前二時三〇分ころ、同市大字新町<番地略>所在の八潮市立北公園(以下「北公園」という。)に至り、同所において、花子を強姦することを共謀し、その顔面を殴打し、大腿部等を足蹴りするなどして反抗を抑圧し、花子を全裸にした上、北公園内奥の池付近や草むら付近において、A男、C男及びD男が強いて花子を姦淫した。
(二) A男、B男、C男及びD男は、右犯行後、北公園内において、花子を殺害することを共謀し、花子を自動車に乗せ、同日午前三時ころ、同県草加市柿木町<番地略>先草加東高等学校裏路上に連行し、同所において、花子が着用していたブラスリップをはぎ取り、これで花子の頸部を締め付け、さらに、花子を同所から東北方向に約二五〇メートル離れた同市柿木町字宝<番地略>所在の有限会社豊田建興の残土置場(以下「残土置場」という。)に運んで投機し、よって、同所において花子を頸部圧迫及び吐物吸引により窒息させて殺害した(以下、花子に対する右(一)、(二)の強姦及び殺人事件を「本件事件」という。)。
3 上告人らは、少年らは本件事件の犯人ではないと主張して争っている。
4 第一審は、少年らが花子を強姦し、殺害したことは認められないとして被上告人らの請求を棄却したが、原審は、A男、B男、C男及びD男による強姦未遂(ただし、B男については共謀の限度で認定)並びにA男、B男及びC男による殺人の各事実を認定し、被上告人らの請求を一部認容した。
二 記録に現れた本件に関連する事実関係の概要(原審も明らかにその判断の前提にしていると解される。)は、以下のとおりである。
1 花子の死体発見の状況
(一) 七月一九日午後一時三〇分ころ、残土置場で残土のかきあげ作業をしていた作業員が花子の死体を発見した。
(二) 埼玉県警察草加警察署(以下「草加署」という。)の警察官は、同日午後二時三五分ころから右現場の実況見分を行った。その状況は、次のとおりであった。
(1) 残土置場は、田園地帯の中に位置し、東西23.4メートル、南北24.5メートルで、三方を水田に囲まれ、西側で幅員約四メートルの砂利敷きの農道に接しており、死体は、残土置場の南東端にあった。
(2) 死体は、左肩をやや下にして仰向けに倒れていたが、上半身が裸であり、パンティが両膝まで引き下げられ、白色ギャザースカートのすそが腰までまくれ上がって陰部を露出し、頸部にはブラスリップが二周に巻かれ、前頸部でこま結びにされていた。死体の顔面から左肩にかけてコンクリート製の敷石(縦横約三〇センチメートル、厚さ約六センチメートル)が覆いかぶさっており、その敷石の上に不正円形に丸まったノースリーブシャツが載っていた。両足には白色ハイソックスを履いていたが、履物は付けておらず、右足の靴は死体の足元近くに、左足の靴は残土置場中央付近にあった。
(3) 死体周辺の雑草に踏み荒らされた様子はほとんどなく、花子その他の者が争った形跡をうかがわせる状況は見当たらなかった。警察官は、右実況見分に際し、残土置場の入口付近及び入口に通じる砂利敷きの農道から二三個の足跡及び七個のタイヤ痕を採取した。
2 花子の死体の状況
(一) 草加署の警察官は、同日午後五時四五分から同署において花子の死体の実況見分を行い、花子の左右の乳房から付着物を採取した。右実況見分の時点で花子の肛門は閉じていた。
(二) 同日午後九時二〇分から埼玉医科大学教授柳田純一が花子の死体を鑑定した。その状況は、次のとおりであった。
(1) 顔面中央部に表皮剥脱、挫裂創、鼻骨鶏冠部骨折があったが、頭蓋骨や脳に損傷はない。頸部には幅四ないし七センチメートルの蒼白部分と幅0.2ないし0.5センチメートルの索溝・皮膚変色部分があるが、他に外傷はない。左右上肢には皮下出血(極めて軽度の圧迫傷ないし打撲傷)がやや多数認められる。
(2) 処女膜は健存し、円形の処女膜孔はようやく一指を通じる程度であり、処女膜、外陰部、下腹部及び大腿内側に外傷はない。右鑑定時には肛門は円形に著しく大きく開き、二指を通じる状態であり、肛門部に裂傷等はなかった。
(3) 柳田鑑定人は、花子の死因を頸部圧迫等による窒息であると推定し、死後経過時間を同日午後九時二〇分において、死後一日内外と推定した。
(4) 同鑑定人は、死体の膣、直腸、気道及び胃の各内容物を採取した。
(三) 同鑑定人は、その後、右各内容物を顕微鏡により検査したが、右各内容物中に精子は発見されなかった。ところが、更に酸性フォスファターゼ試験により前立腺分泌物の存否を検査したところ、四箇所の内容物のいずれからも弱い陽性ないしは極めて弱い陽性の反応があった。そのため、同鑑定人は、肛門の著しい開大をも考慮に入れ、当初、花子の膣、直腸、気道及び胃内には極めて少量の精液が存在していたのではなかろうかと考え、七月末ころ、捜査を担当する浦和地方検察庁の検察官に対し、被害者の膣内、気道内、胃内、直腸内の四箇所に精液反応がある旨を伝えた。しかしながら、実際には右四箇所に精液が存在したとは認められない。
3 花子の着衣の状況
死体発見当時花子が着用していたスカートの後面裏側の六箇所に血液型がAB型の精液(精子を含む。)が糊状の汚斑となって付着していたが、死体発見時に花子が身に付けていたパンティ、頸部に巻き付けられていたブラスリップ及び死体近くにあったシャツに精液の付着は認められなかった。右スカートの後面には残土置場で発見された花子の右足の靴の痕跡が印象されており、右シャツ裏側の後襟の下方約一五センチメートルの所に血液型がAB型の長さ約19.9センチメートルの自然脱落した毛髪一本が付着していた。また、右スカートとパンティには人尿が付着していた。
なお、右スカートとシャツの後面は、土砂で著しく汚れていたが、鑑定の結果この土砂は残土置場のものと一致しなかった。
4 少年らが本件事件の被疑者とされるに至った経緯及び少年らの供述の変遷
(一) A男は、窃盗、ぐ犯等による補導歴を有し、三月五日まで少年院に収容されていた。また、B男、C男及びD男も、自動車窃盗、車上ねらい、シンナー吸引等による多数回の補導歴があった。
(二) 草加署は、花子の死体発見後、非行歴があり、かつ、花子と面識があると思われるA男、B男、C男、D男、F男及び南G男(F男の実兄。昭和四四年五月三日生まれ・当時一六歳。以下「G男」という。)方に警察官を派遣したが、いずれの少年も不在で、聞込みができなかった。
(三) A男、B男、C男、D男及びF男は、七月二二日、盗んだ自動車二台をC男の友人である北H子(昭和四五年四月三日生まれ・当時一五歳。以下「H子」という。)らと乗り回しているところを千葉県警察東金警察署に補導され、地元の草加署においてそれぞれ保護者に引き渡された。
(四) H子は、C男と行動を共にしていた七月二二日、花子殺害の事件に関し、C男に対し、「お前ら疑われているよ。」と言ったところ、C男は、「あの日お前の家から帰った後、八潮中央病院の近くで花子を見た。」と答えた。
(五) 草加署は、七月二三日午前五時一五分、H子の父親からH子がC男から右の話を聞いた旨の電話連絡を受け、死体が発見された前夜C男及びC男と行動を共にしていた少年らが本件事件に関与している疑いがあるとし、同日午前八時ころC男に、午前一〇時ころB男に、午後二時半過ぎにA男に対し草加署への任意同行を求め、取調べを開始したところ、A男が取調べ開始後三〇分ほどして花子を絞殺したことを認め、その後間もなくして、B男及びC男も花子殺害の事実を認めたため、同日午後一〇時四五分、A男、B男及びC男を強姦未遂、殺人の被疑事実により緊急逮捕した。
(1) A男の同日の自白の要旨は、同月一八日深夜、A男、B男、C男、D男、F男、E男及びG男の七人が盗んだ自動車二台に分乗して走り回っていた際、八潮中央病院近くで花子を見付けて無理矢理自動車に乗せ、八潮第三中学校の先にある高校近くの田んぼのあぜ道に連れ込み、A男、C男、B男及びG男の四人で服を脱がせて乱暴し、A男とB男の二人でブラジャーで花子の首を絞めて殺したというものである。
(2) B男の同月二三日の自白の要旨は、同日一八日深夜、A男ら七人が自動車一台に乗って走り回っていた際、八潮市木曽根の郵便局付近で花子を見付けて自動車に乗せ、八潮第三中学校の方の寂しい所に連れて行き、皆でぶっとばし、最後にA男一人が首を絞めて殺したというものである。
(3) C男の同月二三日の自白の要旨は、同日一八日深夜、A男ら六人(E男を除く。)が盗んだ自動車二台に分乗して走り回っていた際、八潮中央病院の近くで花子を見付けて無理矢理自動車に乗せ、草加市柿木町の田んぼ先の土盛りした所に停車すると花子が逃げ出したので、C男が花子の足をタックルして倒し、A男とB男が花子の着衣を脱がすなどして、上半身を裸にし、A男が衣類を花子の首に巻き付けて絞め殺したというものである。
(4) F男の同月二三日の供述は、八潮中央病院の近くで花子を見付けて無理矢理自動車に乗せ、A男、B男、C男の三人が八潮第三中学校裏の田んぼ道で花子を下車させ、どこかに連れて行き、三人だけで戻ってきたのは知っているが、殺害の事実は知らないというものである。
(5) D男は、同月二三日の取調べでは犯行を否認した。
(6) E男は、同月二五、二六日に取調べを受けたが、同月一八日夜から一九日未明にかけては花子に会っていないとして本件事件への関与を否定した。
(7) G男は、同月二四日、取調べを受け、約三時間後に本件事件に関与したことを認める供述をしたが、その後の捜査により、G男は少年らが花子に出会ったという時点よりも先に帰宅していたことが判明したため、本件事件には無関係とされ、A男、B男、及びC男も、同日、G男の関与を否定する供述をした。
(六) A男は、その後も捜査官に対しては、強姦、殺人の各犯行の場所、犯行の具体的態様などについて変遷はあるものの、強姦、殺人の事実を認めていた。しかし、A男は、八月一三日、観護措置決定のため浦和家庭裁判所に連行され、たまたまB男及びC男と同室になった際、B男及びC男に対し、今後否認する旨を伝え、同日は否認しなかったが、同月一九日、犯行を否認する「事件の日の行動」と題する書面を作成し、同月二六日の自己の第一回少年審判期日において否認の供述をし、以後、一貫して犯行を否認している。
(七) B男は、その後も捜査官に対しては、A男と同様供述内容を変遷させながらも、強姦、殺人の事実を認めていた。しかし、B男は、八月一三日、A男から以後否認する旨を伝えられ、同日は否認しなかったが、同月一九日、犯行を否認する「じけんの日のこと」と題する書面を作成し、同月二六日の自己の第一回少年審判期日において否認の供述をし、以後、一貫して犯行を否認している。
(八) C男は、その後も捜査官に対しては、A男と同様供述内容を変遷させながらも、強姦、殺人の事実を認め、A男から以後否認する旨告げられた後の八月二六日に浦和家庭裁判所で行われたA男及びB男の各少年審判期日においても犯行を認める証言をしたが、九月六日の自己の第二回少年審判期日において、初めて否認の供述をするに至り、以後、一貫して犯行を否認している。
(九) D男は、八月五日の少年鑑別所における司法警察員の取調べにおいて、A男らと一緒に花子を強姦し、A男、B男及びC男が花子を殺害した旨の供述をし、八月一三日に教護院に入所した後もその職員に対し、同様の供述をしていたが、九月三日に父親と面会して以来、否認の供述をするようになり、以後、一貫して犯行を否認している。
(一〇) F男は、七月二三、二四日の両日、草加署で任意の取調べを受け、本件事件が他の少年らの犯行によるものであることをにおわせる供述をしたものの、自己の犯行への関与を否認し、八月四日に強姦の容疑で通常逮捕された後、強姦への関与を認め、同月一五日にはA男らが花子殺害の相談をしていた事実も認め、同月二六日のB男の少年審判期日においても右供述内容を維持する証言をしたが、九月一二日の自己の第一回少年審判期日において否認に転じ、以後、一貫して犯行を否認している。
(一一) E男は、七月二五、二六日の両日、草加署で任意の取調べを受けたが、犯行を否認し、八月三日に強制わいせつの容疑で通常逮捕された後も否認を続けていた。しかし、E男は、同月一二日からは本件事件がA男らの犯行によるものであることを認め始めるとともに、自らも花子に対しわいせつ行為をしたことを認め、同月二六日のB男の少年審判期日においても右供述内容を維持する証言をしたが、九月一二日の自己の第一回少年審判期日において否認に転じ、以後、一貫して犯行を否認している。
(一二) 少年らは、犯行を否認後、花子の死体発見前夜の行動について、次のようなアリバイがあるとの供述をしている。
すなわち、少年らとG男は七月一八日夜から八潮市内で盗んだブルーバードを乗り回しているうち、A男の姉夏子に見付かって追い掛けられたが、振り切り、その後クラウンを窃取したり、車上ねらいをしたりしてからG男を自宅に送り届け、その後またガソリン窃盗、電話機荒しなどをした後再びG男の家へ行ったが、G男の母冬子に追い返され、翌一九日午前三時前ころ八潮市大字大曽根の空地に行き、同所で自動車を停め、車内で朝まで寝ていたというのである。
5 少年らの最終的な自白内容
少年らが否認に転じるまで維持した自白の最終的内容は、供述者によって多少の相違はあるが、大筋において次のとおりである。
(一) 七月一九日午前二時ころ、A男、B男及びD男はブルーバードに、F男、C男及びE男はクラウンに分乗して八潮市内を走行中、花子が八潮中央病院横の砂利道から出てくるのを見付け、B男とC男が花子をブルーバードの後部座席に押し込み、スーパー・マルコーの駐車場に赴いた。
(二) スーパー・マルコーの駐車場に停車中、花子が小用に行くという口実で逃げ出したので、A男、B男及びC男が追い掛けて捕まえ、クラウンの後部座席に押し込み、A男、B男、C男及びE男が花子のシャツとスカートを脱がせて乳房を触るなどした。
(三) 同所でE男以外の少年らが花子の強姦を共謀し、花子をクラウンに乗せて北公園に赴いた。E男以外の少年らは、コンドームが四個しかなかったので、相談の上、コンドームを提供したC男及びD男とじゃんけんで勝ったA男及びB男の合計四名で花子を強姦することにし、花子の頭部を手拳で殴るなどしてその犯行を抑圧し、ブラスリップとパンティを脱がして全裸にし、B男、A男、C男、D男の順に花子を姦淫するなどした。A男は、コンドームを使用して、五、六回陰茎を膣に出し入れし、コンドーム内に射精した。C男は、コンドームを使用して陰茎を膣に一センチメートル位挿入したが射精はしていない。B男は、コンドームを使用せずに、肛門及び口腔に陰茎を挿入して射精した。D男は、膣又は肛門に陰茎を挿入したが、射精はしていない。C男はその際、花子の乳房をなめたり、吸ったりした。B男は乳房をなめ、陰部に接吻した。
少年らはコンドームとその空袋を北公園内に捨てた。
(四) A男、B男及びC男は、花子が強姦のことを警察に話すというので、そうなると少年院に入れられるのは確実であると思って怖くなり、北公園で相談の上、花子を殺害することにし、再びブラスリップ、パンティ、シャツ及びスカートを着用した花子をクラウンに乗せ、草加東高校裏の路上に連行した。
同所で、花子をクラウンから降ろし、B男が花子のシャツとブラスリップを脱がせた上、A男が花子の首に巻き付けたブラスリップをA男とB男が力一杯引っ張り、その間C男が花子の足を押さえるなどして花子を殺害した。その時花子は、暴れて両手でかきむしるようにしてブラスリップを首からはずそうとしたが、そのうちけいれんし、動かなくなった。
(五) A男、B男及びC男は、花子の死体をその場から近くの残土置場に運び、残土置場で事件が起きたように装うため、C男がスカートをまくり上げ、B男がパンティを下ろして投棄した。その際、C男がシャツを、B男がコンクリート製の敷石を花子に向かって投げ付けた。
6 捜査等によって判明した客観的な事実
残土置場並びに花子の死体及び着衣の状況は前記のとおりであるが、少年らの自白に関連する事情として、少年らの取調べと並行して行われた捜査及びその後の調査により更に以下のような事実が判明した。
(一) 花子と少年らの血液型
花子の血液型はA型の非分泌型である。
八月五日に少年らから血液を採取して鑑定したところ、少年らの血液型は、A男がO型の非分泌型、B男、C男、D男及びE男がB型の分泌型、F男がO型の分泌型であった。
(二) 死体発見現場の状況
花子の死体が発見された残土置場で採取された足跡及びタイヤ痕の中に花子や少年らの足跡及び少年らが乗っていた二台の自動車のタイヤ痕と一致するものはなかった。
少年らが七月一八、一九日当時身に着けていた衣服に付着していた土砂は、残土置場の土砂と一致しなかった。
(三) スーパー・マルコー駐車場の状況
花子に対しわいせつ行為をした場所とされる草加市稲荷町四丁目所在のスーパー・マルコー駐車場に少年らや花子がいたことをうかがわせる証拠は存在しない。スーパー・マルコー駐車場のすぐ隣に住むI夫婦は、七月一八日の晩から翌一九日の明け方にかけては、女性の悲鳴や叫び声は聞こえず、静かであったと述べている。
(四) 北公園の状況
花子を強姦した場所とされる北公園に少年ら及び花子が立ち入った痕跡は発見されなかった。すなわち、七月一九日朝北公園内を清掃していた作業員が白いちり紙に包まれた使用したばかりのコンドーム一個を発見したが、これらは少年らの自白に沿うものではない。草加署が八月七日に北公園内で実施した実況見分の際、コンドームの空袋三個が発見されたが、これらも少年らの自白に沿うものではない。
北公園の管理人で同公園内に夫婦で居住しているJは、本件事件当夜に北公園内で女性の悲鳴、助けを呼ぶ声、男の声などは聞かず、特に異常を感じなかったと述べている。
(五) 草加東高校裏路上の状況
花子の首を絞めた場所とされる草加東高校裏路上で毛髪類が採取されたが、少年らや花子のものではなく、その他同所に少年らや花子がいたことをうかがわせる証拠は発見されていない。
(六) 少年らが乗り回していた自動車二台の状況
少年らが花子の死体発見前夜に乗り回していた自動車二台の実況見分が七月二三、二四日に実施され、ブルーバードからは指紋・掌紋計二〇個、足跡九個、毛髪一九本、足紋一個及び微物四個が、クラウンからは指紋・掌紋計二二個及び足紋一個が採取された。対照の結果、ブルーバード内にはA男及びD男の指紋並びにF男の掌紋が、クラウン内にはF男及びH子の指紋並びにF男の掌紋が認められた。しかしながら、花子が右各自動車に乗ったことを認めるに足りる痕跡は何ら発見されなかった。
七月二六日には、ブルーバード内の七七箇所(うち後部座席は三三箇所)及びクラウン内の八六箇所(うち後部座席は三八箇所)から付着物を、ろ紙、綿塊に蒸留水をしみ込ませ、こすり付けるようにして採取したが、花子が右各自動車に乗ったことを認めるに足りる痕跡は何ら発見されなかった。
7 少年らの処分等
A男、B男及びC男は、九月六日に浦和家庭裁判所において、強姦、殺人等の非行事実により少年院送致の決定を受け、F男及びE男は、同月一八日に同裁判所において、F男は強姦等、E男は強制わいせつ等の非行事実により少年院送致の決定を受けた。少年らは、その後東京高等裁判所に抗告をしたが、昭和六一年六月一六日に抗告棄却となり、さらに最高裁判所に再抗告をしたが、平成元年七月二〇日にこれも棄却された。
三 原審の判断
原審は、次のように判示して、前記一2の被上告人らが主張する請求原因事実を認定した(ただし、姦淫行為をいずれも未遂とし、D男を殺人の共犯者から除いた。)。
1 少年らの最終的自白についてその任意性を失わせる事情は認められない。少年ら六人が花子殺害という重大な犯罪事実についてそろって任意に虚偽の自白をするとは考え難いから、特段の事情がない限り、少年らの右自白を真実を述べたものと認めるのが相当である。
2 少年らは、否認に転じた後、虚偽の自白をした理由について、捜査官から他の者は皆やったと言っていると追及されたためであるなどと述べるが、重大な犯罪事実について虚偽の自白をする理由としては薄弱であり、また、アリバイに関する少年らの供述にも疑問が存し、自白が虚偽である旨の少年らの供述を直ちに信用することはできない。
3 少年らは、C男とD男が二個ずつ所持していたコンドームを使用して花子を強姦することとしたために強姦の実行者が四人になったこと、右コンドームはC男とD男が七月一〇日から同月一五日までの間に車上荒しをして窃取した六個のコンドームの残りであることを供述し、これに基づいて裏付け捜査がされた結果、右供述に沿うコンドーム窃取の事実が判明した。したがって、少年らのコンドームに関する供述はいわゆる秘密の暴露に当たる。
E男は、自白後、自分の自白を信用してもらうために、捜査官に対し、事件を報道した番組を録画したビデオテープを所持していると供述し、これを契機に右ビデオテープが領置された。したがって、右供述はいわゆる秘密の暴露に匹敵する。
4(一) 少年らの自白中には、犯行中に実感したとしか思えない事実の供述と見ることができる箇所があり、これらを含む自白の信用性は高い。すなわち、A男の「私は花子とおまんこできるわくわくした気持ちと失敗したらどうしようという気持ちもあり初めにB男に一発やらせてから次に自分がやる方がいいと思ったのです。」、「(花子を残土置場まで)運ぶのは大変だと思ったが、花子を(自動車に)乗せたり降ろしたりするよりそのまま三人で運んだ方が早いと思った。」、B男の「下着の上から花子のオッパイを両手で触ったのです。オッパイはコンニャクのようなプルンプルンというような感触で、この時俺は少し興奮しました。」、C男の「(草加東高校の校門の近くで二台の自動車がライトをつけて向かってきた時)一人で、あわてて、元来た十字路まで逃げました。」、「(花子殺害時にその大腿部を押さえていると)全身けいれんを起こしました。そのまま押さえつけているとけいれんはおさまり、今度はピクンピクンと二、三回動きました。」、F男の「(強姦をする者を決めるのにじゃんけんをすると言われた際)皆も僕がじゃんけんに弱いのを知っていて、それで僕だけ入れないため、わざとじゃんけんしようと言って来たのだと思ったのです。」との各供述は、いずれも犯行中に実感したとしか思えない事実についての供述と見ることができる。
(二) また、少年らは後日否認に転じた後も思わず自白に沿う供述をしており、このことも自白の信用性が高いことをうかがわせる。すなわち、A男が浦和家庭裁判所の自己の少年審判期日において、付添人の「ブラスリップというのは分かりますか。」との質問に対してした「初めなんか紐を探したけどなくて、B男がシャツとブラスリップを自分に渡したからです。」、「車のトランクの中に紐を見たことがあって、それでトランクの中に紐があると思ってた。」との答えは、自己が実際に体験した自白に沿う事実を思わず述べたものである。
(三) そして、B男及びC男は、アリバイとして、七月一九日午前三時ころから大曽根の空地に自動車二台を停めて休んでいたと供述する一方で、東京高等裁判所の少年事件抗告審の審理において、同所に到着したころはもうすぐ夜が明ける感じであった旨を供述するところ、七月一九日に空が明るくなり始めるのは午前四時ころであることを考慮すると、右抗告審における供述は、犯行後同所に着いた時刻は午前四時か四時半ころ(夜が少し明けかかってきたころ)であったという少年らの自白に符合するものであり、実際に体験した事実を述べたものと認めることができる。
5 少年らの自白は、次のとおり、大筋において関連する客観的事実と矛盾するところはなく、信用性が高い。
(一) 少年らの中に血液型がAB型の者がいないのに、死体発見当時花子が着用していたスカートの後面裏側の六箇所に血液型がAB型の精液が付着していた事実については、必ずしも芳しくなかった花子の素行及び花子の着衣のうちスカートのみに精液が付着していたという状況にかんがみると、右精液は、事件とは別の機会に付着したものと推認することも可能であるから、右精液付着の事実は少年らの自白と矛盾しない。
(二) 花子の左右の乳房から採取された付着物中に唾液が存在し、右付着物の血液型がいずれもAB型と判定された事実については、血液型がA型の花子の体垢(細胞片)と血液型がB型の犯人の唾液とが混合したため、AB型と判定された可能性がある。すなわち、埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員田嶋敏彰作成の鑑定書ないし報告書の試験結果(乙第九号証の二には、花子の左右の乳房から採取された付着物について、同技術吏員によって吸着試験法と解離法を用いて血液型の鑑定が行われ、いずれの方法でもAB型と判定された旨の記載が、乙第一〇号証には、花子の乳房の付着物について、抗A血清に対する反応と抗B血清に対する反応の強さが違うことから、単純比較した場合には、血液型がB型物質の量のほうがA型物質の量より多いと判定される旨の記載が、乙第一一号証には、同技術吏員が血液型がA型で非分泌型の者の体垢から血液型の判定ができるかどうかを実験した際、吸着試験法による検査でも一部にA型と判定された例がある旨の記載がある。)からすると、花子の左右の乳房から採取した付着物に花子の体垢が混在していた結果、右付着物の試験の際、花子の体垢に由来して抗A血清に対する反応が出現した可能性が否定できない。したがって、B男及びC男の血液型がB型の分泌型であることにかんがみると、花子の左右の乳房の付着物がいずれもAB型と判定されたことは必ずしも少年らの自白と矛盾抵触しない。
(三) 花子のシャツ裏側の襟の下方に血液型がAB型の毛髪が付着していた事実については、事件と関係のない機会にこのような毛髪が付着することも考え得るので、少年らの自白の信用性を疑わせるものではない。
(四) 死体鑑定時に花子の処女膜が健存していた事実については、処女膜が健存していたからといって花子が性交をしていないと断定はできず、また、A男、C男及びD男が姦淫が未遂であるのに既遂と誤信した可能性もあり、右の事実とA男らの強姦既遂の自白とは必ずしも矛盾しない。
(五) 本件事件当夜少年らが乗り回していた二台の自動車内から花子が乗車したことを認めるに足りる痕跡が発見されず、北公園及び残土置場からも、同所に少年ら及び花子が立ち入った痕跡が発見されなかった事実については、事件後の右各自動車の使用により花子が乗車した痕跡が消失した可能性及び北公園では捜索までの間の清掃等により少年ら及び花子が立ち入った痕跡や少年らが使用したコンドームが失われた可能性があり、残土置場では死体発見前に作業員が残土のかきあげ作業を行っていることを考慮すると、それら痕跡が発見されないことは不思議ではない。したがって、それらの事実は少年らの自白の信用性に疑問を生じさせない。
6 少年らが当初、強姦、殺人の各現場を残土置場であると供述したのは、花子の死体を残土置場に投棄した際、同所において他の何者かによって強姦された上殺害されたように見せようと相談したことに基づいたものであり、その後、犯行場所について供述を変遷させたのは、真実の殺害現場を自白することは殺害の状況を生々しく思い出させ、恐ろしく感じられたことや、強姦、殺人という大罪を犯してしまい、どうせ少年院に行くならでたらめの供述をしておいたほうがよいと考えたことなど少年ら各自の感情や思惑から虚偽の供述をしたためであり、捜査官の誘導があったとまでは認められないし、その後も自白を維持しており、その自白の信用性に欠けるところはない。
また、少年らの自白が殺害の態様や共犯者等の事件の骨格部分で変遷している点については、本件事件が深夜暗闇の中で年少者が起こした強姦、殺人という重大事件であることを考慮すると、当時緊張と興奮の極みにあったと推認される少年らが犯行の一部始終を冷静に記憶していたとは考え難く、少年らの見誤り、記憶違いなどによって生じることが十分にあり得ることであって、右変遷があるからといって、直ちにその供述に捜査官の誘導があったとすることはできない。
7 ただし、花子の体内に精液の存在は認められないので、花子の肛門及び口腔にコンドームを着けずに陰茎を挿入して射精した旨のB男の自白は、花子の肛門の開大について誤った捜査情報を得ていた捜査官によって誤導され、作出された可能性が高く、信用し難い。また、A男とC男は、花子の膣に陰茎を挿入した旨自白しているが、同少年らが実際には姦淫が未遂であるのに既遂と誤信した可能性もあり、姦淫の点は、未遂の限度で認定し得る、
8 よって、少年らによる花子に対する強姦未遂及び殺人の事実を認定することができる。
四 当裁判所の判断
しかしながら、少年らの自白の信用性を肯定し、これに依拠して少年らの花子に対する強姦未遂及び殺人行為が認められるとした原審の認定判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 本件においては、本件事件と少年らとを結び付ける直接証拠としては、少年らの自白があるだけであり、少年らが本件事件の真犯人と認められるかどうか、ひいては本件請求が認容されるかどうかは、少年らの自白が信用し得るものであるかどうかにかかっている。
確かに、原審が指摘するように、少年らの最終的自白は、極めて詳細かつ具体的であるばかりでなく、その自白内容は各少年とも大筋において一致し、互いに補強し、補完し合うものである。しかしながら、前記事実関係によれば、少年らの自白は客観的証拠の裏付けに乏しく、自白内容には変遷が見られ、一部とはいえ虚偽供述が含まれていることは原審の認定判断するところでもあって、その信用性には疑いを入れる余地があり、その信用性は慎重に検討されなければならない。そして、このような場合、その信用性の判断は、自白を裏付ける客観的証拠があるかどうか、自白と客観的証拠との間に整合性があるかどうかを精査し、さらには、自白がどのような経過でされたか、その過程に捜査官による誤導の介在やその他虚偽供述が混入する事情がないかどうか、自白の内容事態に不自然、不合理とすべき点はないかどうかなどを吟味し、これらを総合考慮して行うべきである。
原審は、少年らの最終的自白については、任意性を失わせる事情が認められず、重大な犯罪事実について少年ら六人がそろって任意に虚偽の自白をするとは考え難いから、特段の事情がない限り、その自白は真実を述べたものと認めるのが相当であるというが、任意性を失わせる事情が認められない場合であっても、重大な犯罪事実について共犯者がそろって虚偽の自白をすることは、必ずしもあり得ないことではなく、後記のとおり少なからぬ疑念のある少年らの自白の信用性の判断手法として相当であるとは認め難い。
2 自白を裏付ける客観的証拠の有無及び自白と客観的証拠との整合性について
(一) いわゆる秘密の暴露について
原審は、少年らのコンドームに関する供述はいわゆる秘密の暴露に当たり、事件を報道した番組を録画したビデオテープの所持に関するE男の供述はいわゆる秘密の暴露に匹敵するという。
一般に、いわゆる秘密の暴露とは、自白中のあらかじめ捜査官の知り得なかった事項で、捜査の結果客観的事実であると確認されたものとされているが(最高裁昭和五五年(あ)第六七七号同五七年一月二八日第一小法廷判決・刑集三六巻一号六七頁参照)、それは、その事項が当該犯行と関連性があることを当然の前提とするものであって、秘密の暴露に当たるか否かは、犯行との関連において判断されるべきものである。
原審が秘密の暴露に当たるとするのは、C男が本件事件の際に使用したコンドームは他から窃取したものである旨供述していたところ、その後の捜査の結果右窃取の事実が確認されたことをいうのであるが、本件においては、そもそも、そのコンドームは発見されておらず、それが本件事件で使用されたことについても少年らの自白があるだけで客観的に何ら証明されていないのであるから、それは、コンドーム窃取との関係では秘密の暴露になり得ても、本件事件との関連では、そのころC男らがコンドームを所持していたとの供述を裏付けるものにすぎず、秘密の暴露に当たるということはできない。
また、原審が秘密の暴露に匹敵するとするのは、E男が事件を報道したテレビ番組をビデオテープに録画した旨供述していたところ、その後の捜査の結果その事実が確認されたことをいうのであるが、このことは、E男が本件事件について強い関心を持っていたことを示すものではあるが、それ以上のものではなく、本件事件との関連で秘密の暴露に匹敵するものとは到底いうことができない。しかも、記録によれば、E男は、その録画当時、既に友人達から自分達のグループが花子殺害の犯人として疑われていることを聞いて知っていたこともうかがわれるのであって、その事件を報道する番組を録画したとしても格別不自然とはいえず、自白の信用性を高めるものということはできない。
したがって、本件事件について、秘密の暴露又はこれに匹敵するものがあるかのようにいう原審の判断は、誤りというほかなく、到底是認することができない。そして、記録を精査しても、他に秘密の暴露又はこれに匹敵するものの存在は何らうかがわれない。
(二) 花子の左右の乳房から採取した付着物の血液型について
原審は、花子の左右の乳房から採取した付着物の血液型がいずれもAB型と判定されたことに関し、血液型がA型の花子の体垢と血液型がB型の犯人の唾液とが混合したため、AB型と判定された可能性があり、B男及びC男の血液型がB型の分泌型であることにかんがみると、必ずしも少年らの自白と矛盾抵触しないという。
しかしながら、藤田保健衛生大学教授内藤道興及び前記田嶋技術吏員らは、いずれも、理論的には、血液型がA型の体垢とB型の唾液が混同してAB型と判定されることは全くあり得ないことではないが、捜査官は体表面から付着物を採取する際に体垢が混合することがないように指導されているところであり、感度の低い検査法である吸着試験法によっても、左右の乳房から採取した付着物のいずれにも血液型が判定し得る程の体垢が混合していたということは想定し難い旨証言し、右両専門家とも右各付着物の血液型はAB型と判定される旨を明言するところである。これらの証言等本件証拠関係の下では、右各付着物の血液型は、いずれもAB型であると認めるほかはない。
そうすると、わずかな理論的可能性を根拠に右各付着物の血液型がいずれもB型である可能性があるとし、少年らの中に血液型がAB型の者がいないにもかかわらず、右各付着物の血液型判定と少年らの自白とは矛盾抵触しないとした原審の判断は是認することができない。
(三) 少年らの射精、肛門性交、口淫等に関する自白と客観的証拠との整合性について
これらの点について、A男は、コンドームを使用して、五、六回陰茎を膣に出し入れし、コンドーム内に射精した旨、C男は、コンドームを使用して陰茎を膣に一センチメートル位挿入したが射精はしておらず、その際、花子の乳房をなめた旨、B男は、コンドームを使用せずに、肛門及び口腔に陰茎を挿入して射精し、また乳房をなめるなどした旨、D男は、膣又は肛門に陰茎を挿入したが、射精はしていない旨の自白をしている。 (1) 原審は、花子の死体の膣内、直腸内、気道内及び胃内に精液が存在したとは認められないとし、コンドームを使用せずに、肛門及び口腔に陰茎を挿入して射精した旨のB男の自白は、客観的事実に反し、捜査官による誤導の疑いがあると認定判断するところ、この点の原審の認定判断は証拠関係に照らし是認することができる。そうすると、B男の自白には、捜査官による誤導の疑いのある虚偽供述が含まれているといわなければならない。
(2) 少年らが陰茎を膣に挿入したか否かについては、前記のとおり、花子の処女膜は健存しており、花子の処女膜、外陰部、下腹部及び大腿内側に外傷が認められないことからすると、陰茎の暴力的挿入がなかった可能性を否定することができず、陰茎を挿入した旨のA男及びC男の自白は虚偽である疑いが残るものといわざるを得ない。もっとも、原審は、膣に陰茎を挿入した旨を自白する少年らは、いずれも性経験がないか、あるとしても一ないし三回程度の経験しかない年少少年であって、犯行が極度の興奮状態の下でなされたことなどを考えると、挿入がないのに挿入したと誤信した可能性があり、これをもって、直ちにこれら供述の信用性が損なわれるものではないというが、いかに性経験の少ない年少少年であったとしても、三名全員がそろって誤信したというのは甚だ疑問としなければならず、右判断は是認し難く、これらの点についても捜査官による誤導の疑いを払拭することができない。
(3) 花子の乳房をなめた旨のB男及びC男の自白は、前記のとおり、花子の左右の乳房から採取された付着物の血液型がいずれもAB型であったことに照らすと、客観的証拠に符合するものとはいえない。
(四) 現場における少年ら及び花子の痕跡について
前記事実関係によると、本件事件については、捜査官により綿密な捜査が行われていることがうかがわれるにもかかわらず、前記二6(二)ないし(六)のとおり、殺害の現場とされる草加東高校裏路上、強姦の現場とされる北公園、わいせつ行為の現場とされるスーパー・マルコー駐車場には、いずれも少年らや花子がいたことを示す痕跡又は証拠が全くなく、死体の投棄場所とされる残土置場にも少年らが立ち入ったことを示す痕跡が発見されず、また、花子が長時間乗せられ、わいせつ行為も行われたとされる二台の自動車内にも花子がいたことを示す痕跡が全く発見されていない。
(五) 以上検討したところによると、少年らの自白には、いわゆる秘密の暴露やこれに匹敵するものがないことはもとより、自白を裏付ける客観的証拠としては、残土置場に遺棄された花子の死体以外には何もなく、かえって、一部であるとはいえ、客観的証拠に符合しない捜査官による誤導の疑いのある供述が含まれていることが明らかである。
しかも、本件においては、前記二6(二)ないし(六)のとおり、少年らの自白が真実を述べたものであれば、何かしらあってしかるべきと思われる裏付け証拠が何一つ発見されていないことや、少年らは、花子の首を絞めた際、花子が両手でかきむしるようにしてブラスリップをはずそうとしたと供述しているところ、花子の死体の頸部付近には傷痕が残されていないことなど、自白の客観的証拠との符合という観点から疑問とすべき点も少なくない。
そればかりではなく、前記事実関係によると、花子の死体の状況は性的犯罪による被害を想起させるものであり、花子のスカートに血液型がAB型の精液が付着し、そのシャツにはAB型の毛髪が付着していたこと、花子の左右の乳房から採取された付着物がいずれもAB型の唾液と認められることなどの証拠上明らかな客観的事実を考え合わせると、これらAB型の付着物は、花子の殺害に接着した機会に付着したものではないか、さらには、本件犯行は、血液型がAB型の者によるものではないかとの疑念を抱かせるものといわなければならない。原審は、右精液等は別の機会に付着した可能性があり、少年らの自白と矛盾抵触しないという。確かに、本件においては、右精液、毛髪及び唾液付着の原因は解明されておらず、可能性としては別の機会に付着することも全くあり得ないことではないが、本件事件が少年らの犯行であることが確認されているのであればともかく、単なる可能性があるからといって、少年らの自白と矛盾抵触しないということはできない。
3 自白の変遷について
記録によれば、少年らの自白は、取調べ開始以降大きく変遷し、特にA男、B男及びC男の自白が、事件の関与者、強姦場所、強姦の既遂・未遂、B男の肛門性交及び口淫、殺害場所、殺害現場での行動など本件事件の中核的な部分で、たびたび、しかもほぼ同一の時期に変遷していることが認められる。その変遷の主要な点の概要は、次のとおりである。
事件の関与者の点については、七月二三日には、A男、B男及びC男は、そろって事件にはG男も関与していた旨供述したが、翌二四日以降は、三人ともG男の関与を否定している。
強姦場所及び強姦の既遂・未遂の点については、七月二三、二四日の段階では、A男、B男及びC男は残土置場ないしその付近で花子を裸にして乱暴しようとした旨供述するのみで、姦淫の事実についての供述はないが、八月二日以降は、いずれも北公園で姦淫を遂げた旨の供述に変わっている。
B男の肛門性交及び口淫の点については、八月八日になって初めてC男が、B男が花子をうつ伏せにして尻の方から乗っかってやっているのを見たと供述した後、八月一〇日にB男自身が花子の肛門及び口腔に陰茎を挿入して射精した旨の明確な供述をするに至っている。
殺害場所の点については、七月二三、二四日の段階では、A男、B男及びC男は田んぼの中のあぜ道ないし田んぼの中の土を盛った所と供述したが、八月二日にC男は北公園に停車した自動車の中と変更し、八月三日になると、A男は北公園、B男は北公園に停車した自動車の中と変更し、さらに、八月六日以降は三人そろって草加東高校裏の路上と変更している。
殺害現場で花子の首を絞めた者や花子のブラスリップを脱がせた者等についても、A男は、七月二三日の段階からA男とB男が首を絞めたと供述しているが、花子のブラスリップを脱がせる状況については、A男が背後から脱がせた(八月八日)、A男が前から脱がせた(八月九日)、B男が前から脱がせた(八月一二日)と供述を変え、B男は、首を絞めた者についてA男(七月二三、二四日)、A男、B男及びC男(八月三日)、A男及びB男(八月七日)と供述を変え、ブラスリップを脱がせた者についても八月九日まではC男であると供述していたが、翌一〇日以降はB男に変更し、C男は、首を絞めた者についてA男(七月二三、二四日)、A男及びB男(八月二日以降)と供述を変え、ブラスリップを脱がせた者についても八月一〇日まではA男であるとしていたが、八月一二日にはB男に変更している。
このように、少年らの自白には、細部にとどまらず、重要な点についても変遷が見られ、これらのすべてが単なる記憶違いや見誤りに起因するものとは考え難い。原審は、前記三6のとおり、少年らが強姦、殺人の各現場について供述を変遷させたことには少年らなりの理由があり、捜査官の誘導によるものとは認められず、少年らの自白の信用性に欠けるところはないと認定判断しているところ、その証拠としてA男、B男及びC男の司法警察員に対する八月七日付け各供述調書(甲第四号証、第九号証の二、第九八号証)及び司法警察員作成の七月三〇日付け実況見分調書(乙第五〇号証)を挙示しているところからすると、右認定判断は、右各供述調書において少年らが自白を変遷させた理由について供述したところをそのまま採用し、これに依拠したものと認められる(右実況見分調書は、死体発見原現場の状況を記載したものにすぎない。)。しかしながら、少年らの右供述は、必ずしも説得力のあるものではない上、右各供述調書が、いずれも少年らが初めて前記の最終的自白をした際に作成されたものであることにかんがみると、右供述自体の信用性についても右自白と同様に疑いを入れる余地があり、自白の信用性が問われている本件において、特段の理由があれば格別、右供述をもって、捜査官の誘導を否定し、自白の信用性に欠けるところはないとする原審の認定判断は、是認することができない。特に、少年らの年齢等を考えると、少年らが捜査官が想定した状況に迎合した供述をしたと考える余地もあり、また、一部であるとはいえ、捜査官による誤導があうたことは原審の認めるところであって、自白の変遷についての原審の判断は、容易に過ぎるものといわざるを得ない。
4 他面、少年らの自白は極めて詳細かつ具体的である上、大筋において一致している。そして、本件事件のころC男らがコンドームを所持していたとの点については客観的証拠によって裏付けられていること(これが秘密の暴露に当たらないことは前記四2(一)のとおりである。)、前記三4のとおり、自白中に、いかにも犯行中に実感したと思わせるような供述(もっとも、必ずしも実際に体験した者でなければ供述できないほどの特異な行動や気持ちを示したものとまではいえない。)が見られ、否認に転じた後の供述にも、思わず真実を述べたと思わせるような供述等が存在すること、少年らの主張するアリバイの成立について疑問があることなどは、原審の指摘するとおりであり、そのほかにも、少年らの自白の信用性の肯定につながる事情も存在する。したがって、少年らの自白の信用性が肯定し得るかどうかについては、前記四1に示したところにより、なお慎重に検討すべきである。
5 以上説示したところによれば、少年らの自白にはいわゆる秘密の暴露があるわけではなく、自白を裏付ける客観的証拠もほとんど見られず、かえって自白が真実を述べたものであればしかるべきと思われる証拠が発見されていない上、一部とはいえ捜査官の誤導による可能性の高い明らかな虚偽の部分が含まれ、しかも犯行事実の中核的な部分について変遷が見られるという幾多の問題点があるのに、漫然とその信用性を肯定した原審の判断過程には経験則に反する違法があるといわざるを得ず、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上説示したところに従い、少年らの自白の信用性について、関係証拠を吟味して総合的に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、裁判官井嶋一友の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官井嶋一友の意見は、次のとおりである。
私は、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すとの法廷意見には賛成するが、その理由を異にする。
一 問題の所在
1 本件の特異性
(一) 本件は、A男、B男及びC男らの少年が、強姦、殺人等の非行事実について浦和家庭裁判所の少年審判手続で少年院送致の保護処分とされ、少年らのした「事実誤認」を理由とする抗告や再抗告が東京高等裁判所及び当審で棄却されて確定した本件事件について関連して、被害者(当時一五歳)の両親である被上告人らが、右少年らの親権者である上告人らに対し、不法行為(右非行事実)を請求原因として、被害者本人および被上告人らの被った損害賠償を請求する事件(本件提訴時には、右少年審判事件は再抗告により当審に係属中であったが、間もなく再抗告が棄却され右少年審判事件は確定をみた。)であり、上告人らが、少年らは本件事件の犯人ではないと主張して争い、本件事件(不法行為)についてした少年らの捜査機関等に対する自白には信用性がなく、他に真犯人が存在する疑いのある冤罪事件であるとして、民事責任を否認しているものである(なお、少年らのうちD男は当時一三歳の少年であったため、他の少年らとは異なり、本件事件での保護処分決定の確定は観念し得ないが、私の意見中では、他の共犯少年らに対するのと同様の考えの下に論旨を進めることとする。)。
上告人らは、浦和家庭裁判所における少年審判手続とその抗告審、再抗告審や、その後の三度にわたる保護処分取消請求事件を担当した付添人団とほぼ同じ構成の弁護士らが訴訟代理人となって、本件を浦和家庭裁判所のした保護処分決定に対する事実上の再審事実と位置付けて訴訟活動を展開してきたが、少年らのした自白の信用性を肯定して、本件事件は少年らによる犯行であるとして、上告人らの不法行為責任を認めた原審判断には、経験則違反、採証法則違反、審理不尽、理由不備等の違法があるとして、その論旨において、再び従来の冤罪説と基本的に同一の主張を繰り返している。
(二) 本件において原審までに提出された証拠関係を概観してみると、当然のことながら、被上告人らはほとんど全ての証拠を少年審判事件の一件記録に依存しており、第一審では、そのうち、現場の実況見分調書等のほか、少年らの捜査段階の自白調書の主なものや、少年審判廷における少年らの供述調書など、非行事実と少年らの犯人性を立証する主要な証拠のみを選別して甲第一ないし第八三号証として提出し、上告人らは、否認に転じた後の少年らの供述調書、上申書及び抗告審における質問調書を中心として、少年ら以外に血液型がAB型の精液、唾液、毛髪を有する犯人が存在することが推認される証拠であるとして、少年審判とその抗告審で事実認定の基礎とされた鑑定書等を弾劾するため、抗告審決定後に作成された別の専門家による鑑定意見書等を加えて、乙第一ないし第一一九号証を提出したほか、血液型等の専門家の証人申請を行い、うち三名の専門家について証人尋問が行われている。第一審で敗訴した被上告人らは、原審において、少年らのした自白を補強する参考人等の供述調書や、自白の供述状況等を裏付ける捜査官の捜査報告書など、少年審判事件の一件記録の残余(上告人らが乙号証として提出したものを除く。)の書証を甲第八四ないし第一五二号証として提出したほかには、独自の証拠として鑑定に関連する学術書等数点を提出したにすぎない。
以上、要するに、本件第一、二審を通じて、被上告人ら、上告人らの双方から提出された証拠は、少年審判手続に顕出された証拠が大部分であって、上告人らの提出した新証拠と主張する証拠は、抗告審決定後に作成された船尾忠孝意見書、助川義寛鑑定意見書、内藤道興意見書並びに本件第一審で採用された、少年審判時における鑑定人柳田純一、同田嶋敏彰及び内藤道興の証言に限られる。
(三) 上告人らの主張する血液型がAB型の真犯人存在説、少年冤罪説は、既に少年審判、抗告審、再抗告審及び保護処分取消請求事件を通じて、少年らから繰り返し主張されたものであって、少年審判、抗告審の各決定において、「被害者の乳房に付着した唾液がAB型と判定された事実が認められるが、検察官作成の報告書のとおり、少年らの血液型がO型かB型であったとしても、直ちに少年らによる非行の認定を左右するものとは考えられない」旨、「AB型の血液型の精液が被害者の着用していたスカートに付着していたこと、同型の毛髪が被害者の着衣に付着していたことは、少年らを本件事件の犯人とするに特に妨げとなる事実であるとは認められない」旨の判断が示されている。
(四) 上告人らは本件を事実上の再審事件と位置付け、確定した保護処分決定の存在にもかかわらず、終始少年らの冤罪を主張して争っているものの、本件は犯罪被害者の遺族が提起した損害賠償請求事件であって、上告人らの冤罪の主張は、換言すれば不法行為の行為者性を否認する主張にすぎず、形の上では少年審判における保護処分決定自体の当否を直接の争点にするものではないということができる。その意味では、本件を単なる民事事件として、確定した保護処分決定の存在にもかかわらず、被上告人ら、上告人ら双方の提出した証拠を独自に判断して、上告人らの賠償責任の有無を判断することは当然だということになるのであろう。
しかしながら、前記のとおり、本件上告理由は、少年らのした自白の信用性を争い、自白を裏付ける客観的証拠の不存在や、物的証拠の血液型と少年らの血液型の不一致及び自白の不自然な変遷などを根拠に、自白の虚偽性が明らかであるとして、少年審判以来一貫して主張してきた少年らの無実の主張を繰り返すものであるから、上告人らにとっては、本件損害賠償請求を受けたことを好機として、却下された三度にわたる保護処分取消請求に代わるものとして、本件事件に対する民刑事の責任を実質的に否定するために行っている訴訟活動と位置付けることができるのであって、本来は、上告人らにとって実質的には事実上の再審事件であると考えるべきである。これに対応する裁判所としては、以下に述べるように、刑事裁判(少年審判)と民事裁判にまたがって、同一事実(争点)について同一証拠によって判断を繰り返すという重要な問題点を持つ特異な事件であるとの認識を持つべき事件であり、そのために、刑事事件、少年審判事件の再審制度に関する法体系をも視野に入れ、ひいては裁判結果の法的安定性や国民の裁判制度に対する信頼性の確保等をも総合的に配意し、特に、証拠の採否や心証形成に関して慎重に対応しなければならない事案であると考えるものである。
2 問題点
(一) 刑事裁判で有罪判決が確定した被告人が、確定判決の効力自体を否定して冤罪を主張し、検察官の訴追行為により被った損害について、民事訴訟で国に対し損害賠償を請求することは許されない(帝銀事件の確定被告人がした同種事件を始め、若干の事件が下級審裁判例にある。)。なぜなら、刑事事件の有罪判決の当否自体を争うのは、刑事手続において認められる再審あるいは非常上告の手段によるほかなく、民事手続でこの主張を認めることは、刑事手続の存在意義が失われるばかりでなく、裁判結果の法的安定性を害することになるからである。
犯罪の被害者が原告となって、犯罪(不法行為)による被害の賠償を有罪の確定判決を受けた者に請求する場合に、被告が、確定した有罪判決があるにもかかわらず冤罪を主張して争うことは、個人対個人間の民事訴訟であるから、国家賠償請求を否定する右の法理は直接的に当てはまるものではないが、被告が、不法行為(犯罪)の行為者性を争い、当該訴訟を事実上の再審事件と位置付けて損害賠償責任を免れるべく応訴する場合に、民事裁判の事実審裁判所が、民事裁判と刑事裁判は全く別個のものだとして、確定した刑事裁判の存在を全く考慮することなく、証拠の採否も含め不法行為の行為者性に関する事実認定について、独自の立場で全面的に自由に心証形成をしてよいかどうかは、刑事事件の再審制度ひいては裁判制度全体の法的安定性確保等の観点から考えて一つの重要な問題点を含んでいるように思われる。特に、一つの犯罪によって発生する刑事上、民事上の責任の有無を判断する裁判で、その犯人性(行為者性)という実質的に同一の争点につき、刑事裁判に提出された証拠と同一の証拠により刑事裁判で有罪、民事裁判で冤罪の判断をすることがあるとすれば、実質的には再審手続によらずして再審認容の判断を得たのと同様の結果となり、民事裁判と刑事裁判は別個の手続だとしてこれを容認するのは、国民の裁判制度に対する納得という点で疑問なしとしないからである。
(二) 他方、刑事判決の既判力は民事訴訟に及ぶものではないから、有罪の刑事判決が確定した被告人の行為について、民事裁判で被告人の民事責任を否定する判断をすることを妨げるものではない。また、刑事事件と民事事件を裁く裁判所の心証形成度については、その証明度に差異があり、刑事裁判においては、「合理的疑いを超える程度」の証明を必要とするのに対し、民事裁判では、「真実の高度の蓋然性」で足りるとされているのであって、民事裁判の方が証明度が軽減されている。
このように、刑事裁判と民事裁判の性質上の差異や証明度の違いにより、刑事判決の判断が民事判決で覆ることが起こり得るとしても、原則的には、不法行為責任の方が成立する範囲が広く、証明度も軽減されているのであるから、一般的には、刑事責任が認められれば民事責任も認められることになるはずである。そうであれば、刑事裁判と民事裁判で犯人性(行為者性)の判断が異なるケースというのは、一般的には、刑事責任と民事責任の成立要件が異なることに起因する特異なケースであろうと考えられるのであって、刑事裁判において冤罪を主張し、民事裁判において同様の主張を繰り返すような事実上の再審事件において、刑事裁判に提出された証拠と同一証拠により、民事裁判で有罪の判断が覆るケースは、一般的には極めて稀な場合であると考えられる。そのような稀な場合というのは、例えば、刑事再審手続において再審事由の一つとされる、確定判決により証拠の偽造や偽証が証明されたような場合等が想定されるが、このように、民事裁判で刑事裁判の判断を覆すのは、その理由が一般国民に明白に納得、理解し得る場合に限られるのではないかという疑問が、刑事裁判と民事裁判の垣根を超えた裁判制度一般の法的安定性の確保の問題としてクローズアップされるのである。
(三) また、刑事裁判で被告人有罪の判断の基礎となった証拠と実質的に同一の証拠によって民事裁判が審理される場合に、民事判決で被告人の有罪認定を覆すケースがあるとすれば、証明度の差からみれば、それは民事裁判がより厳しい証明度を前提として証拠価値を判断したことになり、心証形成に関する法則に反して民事責任を否定する結果を招来したことになる。その上、同一の争点について、同一の証拠により刑事裁判で第一審、第二審、上告審の各裁判体が判断したケースについて、民事裁判でも同様に同一の証拠によって三個の裁判体が判断を繰り返すことになり、実質的に同一の争点について同一の証拠により六個の裁判体により裁判を繰り返すという事態を招来することになるという問題点が指摘される。
(四) さらに、本件のように、犯罪の被害者がその損害賠償を請求する事件においては、原告である被害者は、通常、刑事事件の認定の基礎とされた証拠以上のものを収集する能力に欠けるから、本件のように被告から犯人でないと主張され、その不法行為責任を否認された場合、これを覆し得る証拠を提出することは、ほとんど不可能に近いことというべきである。旧刑訴法において犯罪の被害者について刑事事件に対する附帯私訴が認められていたのは、このような実質的な証拠収集能力の差などに着目して、証拠の共通性と判断の迅速性を確保するため、捜査機関側の提出する証拠を刑事、民事の双方の判断に用いることとされたものである。刑事手続と民事手続の分離を図るため、現在附帯私訴の制度は廃止されたが、本件のような犯罪被害者のする損害賠償請求事件においては、附帯私訴の証拠共通性の理念は、原被告の衡平を図る見地から、民事事件の裁判所において十分に尊重すべきではないかという問題点が指摘される(この点について、本件に即して付言すれば、本件第一審においては、前記のとおり、被上告人らが少年審判の基礎となった証拠のうちの主要なもののみを選別して甲号証として提出したため、原審段階で初めて甲号証として追加された自白の信用性を補強する証拠等を基礎としないまま、乙号証との対比において少年らのした自白の信用性を否定する判断がされた。原審においては、追加された自白の供述状況を明らかにする捜査報告書等や、自白の内容を補強する参考人調書等をも加えて自白の信用性を肯定する判断をした。証拠の申請は当事者の選択に委ねられるとする民事訴訟の原則からすれば、一般的には、本件第一審の在り方を非難することはできないが、犯罪被害者のする被害救済訴訟の審理の在り方として、前記の衡平の観点から、その当否も一つの疑問点として指摘しておきたい。)。
3 刑事裁判、少年審判の再審手続
(一) 刑事事件の再審手続は、刑訴法に規定されるとおり、極めて厳格な再審開始要件が定められ、再審請求に対しては、開始要件の有無が慎重に審理、判断されることとされている。その基本的要件の一つとして、刑訴法四三五条六号は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したとき」と規定し、新証拠の新規性と明白性を要求しているのであり、新規性、明白性の判断について、当審の判例は、「確定判決における事実認定につき合理的疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいい、ある証拠が『明らか』なものであるかどうかは、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである」と判示している(最高裁昭和四六年(し)第六七号同五〇年五月二〇日第一小法廷決定・刑集二九巻五号一七七頁参照)。
また、少年審判については、刑事手続とは異なる手続の性格にかんがみ、再審手続は規定されていないが、実務上は、少年法二七条の二第一項の規定にいう「本人に対し審判権がなかったこと……を認め得る明らかな資料を新たに発見したとき」の解釈運用により、同条は非行事実がなかったことを認め得る明らかな資料が新たに発見された場合、保護処分とされた少年を将来に向かって保護処分から解放する手続をも規定したものとする運用がされており、当審の判例(最高裁昭和五八年(し)第三〇号同年九月五日第三小法廷決定・刑集三七巻七号九〇一頁)もその実務上の解釈、運用を追認している。ただし、右の運用は保護処分が継続している間に限られ、保護処分終了後の取消請求は認められず、刑事事件における再審とは異なり、名誉回復的な効果のある手続になっていない点で、少年審判の再審手続の立法化が主張されるところである。
(二) 刑事手続や少年審判手続において、確定した有罪判決(少年審判にあっては確定した審判)の判断を覆すには、右のような厳格な要件が課されているのであり、換言すれば、新しい証拠(新規性、明白性のある証拠)が提出されなければ、最大三度にわたってした認定判断を覆さない、同一証拠(形式的に新証拠と主張するものであっても、新規性、明白性が認定されなければ同一証拠である。)によっては三度以上同一争点について判断を繰り返さないことを裁判制度の中核に置いていることを意味するのであり、これは裁判制度の根幹をなす法的安定性の確保のために不可欠なことであって、軽々にこの判断が覆るようなことがあっては、裁判に対する信頼が揺らぎ、ひいては裁判の存立を危うくするものというべきである。
本件は確定した少年審判と民事裁判という問題であるが、少年審判にも一事不再理効が認められ、保護処分継続中に限られるとはいえ、保護処分取消請求による再審手続が実務上認められている以上、確定した少年審判の法的安定性の確保の必要性は、刑事事件と軌を一にするものというべきであり、前記のような諸問題を考究する場合、刑事裁判と民事裁判の関係と同様の視点で考究することが許されるものと考える。
二 私の意見
以上述べたような事実上の再審事件という本件の特殊性と、前記一2に指摘したような問題点、疑問点を踏まえて考えると、我が国の裁判制度の法的安定性の維持及び国民の信頼性確保の観点と、現行の法律に規定される刑事事件の再審制度や、少年審判について実務上認められている運用上の再審手続等の法体系との整合性を保つためにも、また、犯罪被害者のする損害賠償請求事件における衡平性の確保の観点からも、本件のような特異性のある事件に限定してのことではあるが、刑事裁判(少年審判)に続く民事裁判においては、(1) 実質的に同一の争点(犯罪の犯人性と不法行為の行為者性)について、刑事事件(少年審判)と同一の証拠によって刑事裁判(少年審判)と民事裁判にまたがって六度にわたる認定判断を繰り返すことをしない、(2) 実質的に同一の争点について、民事裁判において刑事事件(少年審判)の判断を覆す場合は、例えば、刑事事件(少年審判)とは異なる真犯人が判明したとか、犯人とされたもののアリバイが証明された場合など、刑事事件には提出されなかった新証拠が提出された場合に限られ、その理由が一般に理解され得るような明確性がなければならない、(3) 刑事事件の再審手続や少年審判の実務上の再審手続が無に帰することがないように配慮する必要がある、の三点をクリアするため、証拠の採否と事実認定に当たっては、条理に基づき、自由心証主義を制約する法理として、刑事事件の再審手続で要求される新規性と明白性のある証拠と実質的に同等の価値を有する新証拠が提出されているか否かをまず判断し、これが肯定される場合に新証拠と旧証拠(刑事事件、少年審判において用いられた証拠と同一のもの)の総合判断によって争点の判断をするが、その場合は、確定した刑事事実(少年審判)の事実認定を覆す方向、つまり損害賠償請求を棄却する判断となり、これが否定された場合は、結局、確定した事実認定を覆すに足る新証拠とは認められなかったことになるから、冤罪の争点については、先行する刑事裁判(少年審判)の判断に拘束されることになり、被告の不法行為の行為者性が肯定され、原告の請求を認容すべきこととなる。
かかる視点に立って新証拠性を判断することなく、単に甲号証と乙号証を総合的に吟味、判断して被上告人らの請求を認容した原審の判断は、条理に基づく心証形成上の制約に配慮することなく判断した違法がある(同様の手法で被上告人らの請求を棄却した第一審の判断にも違法がある。)。この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。
そして、上告人ら提出の新証拠と主張する証拠が、刑事事件の再審事件でいう新規性、明白性のある証拠と同等の価値を有する新証拠か否かを判断させた上で、改めて本件の争点を判断させるべく、本件を原審に差し戻すのが相当であると考えるものである。
(裁判長裁判官大出峻郎 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光夫 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)